
久留里城跡を駐車場から天守まで散策!所要時間と見どころガイド
2026/09/19
千葉県君津市の久留里城跡へ行ってきた。
結論から書いておくと、天守閣は現在閉鎖中で中に入ることはできない。ただし本丸跡までは問題なく行けるし、天守の外観も間近で見られる。そして城内には、天守以上に見応えのある遺構と伝説が点在している。
この記事では、城山中腹の駐車場を起点に、林道城山線を620m歩いて天守にたどり着くまでの道のりと、道中の見どころを訪問順に紹介する。駐車場から先はすべて徒歩である。最後に所要時間の目安もまとめた。
久留里城とはどんな城か

久留里城は、房総半島のほぼ中央、標高145mの城山に築かれた山城である。築城は16世紀中頃とされ、天文年間に安房の里見義堯が本拠をこの城に移してからは、対北条の軍事拠点として激しい争奪の舞台となった。
江戸時代には土屋忠直が2万石で入城する。この土屋家で生まれたのが、のちの儒学者・新井白石である。三代・頼直の時に一度は廃城となるが、約70年後の寛保2年(1742)に黒田直純が3万石で再興し、黒田氏九代の治世が明治維新まで続いた。
別名を「雨城(うじょう)」という。築城後、三日に一度の割合で雨が降ったのでそう呼ばれるようになったと、古書「久留里記」に記されているという。
駐車場と登城ルートの起点

車で訪れる場合、城山の中腹にある駐車場を利用する。標高55mの位置にあり、130台ほど停められる広さがある。訪問した日も余裕があった。
駐車場に隣接して君津市森林体験交流センターが建っている。この中には食堂「城の里」があり、久留里城周辺で昼食をとるならここが最有力候補になる。自然薯を推している店で、実食レポは別記事にまとめた。

駐車場の一角には城山全体のマップが掲示されている。天守閣と資料館の位置関係、林道城山線と探鳥路、そして林間遊歩道のルートが一目でわかる。歩き出す前にここで全体像を頭に入れておくといい。

登城路の入口には「久留里城/久留里城址資料館→」の看板が出ている。

ここから林道城山線に下りて、そのまま城山を登っていく形になる。

そして入口には、こんな掲示があった。
ただいま天守閣閉鎖中
(地震による鯱瓦などの被災のため)
本丸跡まで行くことはでき、外観はご覧になれます。
この「天守閣閉鎖中」の掲示は、このあと林道の入口、資料館の入口、天守の前と、合計4か所で目にすることになる。それだけ市が周知に気を配っているということだろう。
林道城山線を歩く(620m→150m)

駐車場から林道城山線に合流する。ここが実質的な登城路のスタート地点だ。

本丸(天守閣)まで 620m
二の丸(資料館)まで 460m。
この標識が以後およそ100mごとに現れる。
残り何メートルかが常にわかるので、ペース配分がしやすい。山城の登城路としてはかなり親切な部類だ。

本丸 145m / 二の丸 128m / 駐車場 55m / 三の丸 43m
つまり駐車場から本丸までは、水平距離620mで標高差90mを登ることになる。舗装されてはいるが、勾配はそれなりにある。夏場はそれなりに汗をかく道だと思っておいたほうがいい。

林道の途中には、先ほど触れた「雨城」の案内板が立つ。

そしてありがたいことに、道沿いにはベンチがいくつも設置されている。

400m地点のベンチ脇には、久留里城の歴史を詳しく記した大きな案内板があった。真里谷武田氏の築城から里見氏の争奪、土屋氏・黒田氏の時代、明治5年の廃城までが一枚にまとめられている。ここで一息つきながら読むのがちょうどいい。

残り300mを切ったあたりで、道の右手の崖に「堀切跡」の標柱が立っている。尾根を人工的に断ち切って敵の侵入を防ぐ、山城の基本的な防御施設である。

現在は表面がコンクリートで固められているため遺構としての見栄えは控えめだが、この場所が確かに削られた地形であることは伝わってくる。

残り200mの標識を過ぎると、道の右手に小さな池が現れる。お玉が池である。

訪問した5月には、池の縁に黄色い花が群生していて、地味になりがちな遺構のなかでひときわ目を引いた。

この池には、名前の由来となった伝説が残っている。
久留里城の二之丸は水源がなく不便な場所でした。城主の里見義堯は、家臣の兵馬に池を掘るよう命じました。ある時、兵馬が池を掘っていると、兵糧庫が焼失する事件が起こり、火の不始末を疑いで、兵馬は捕らえられの身となります。城将小川秀政の娘の「お玉」は、これを哀れんで、かわりに池を掘りはじめますが、兵馬は打ち首となってしまいます。その後、この疑いが解けると、お玉は髪を切り、兵馬を弔ったそうです。
城の水源確保という実務的な話に、無実の罪と弔いの物語が重なっている。久留里城の見どころのなかでも、個人的にいちばん印象に残ったのがこの池だった。
二の丸と久留里城址資料館

お玉が池を過ぎると、まもなく二の丸に到着する。標識は「本丸(天守閣)まで150m/二の丸(資料館)まで0m」。

二の丸跡には「君津市立久留里城址資料館」が立つ。自動販売機もあった。620m登った先で飲み物が買えるのは、夏場にはかなりありがたい。

君津市立久留里城址資料館の中に入ってみる。

入館料は無料。館内でぜひ見ておきたいのが、久留里城下のジオラマだ。
城山の尾根と、ふもとに広がる三の丸御殿、堀、城下の町並みまでが立体的に再現されている。実は三の丸跡そのものは城山を下りた平地にあり、今回は足を運んでいないのだが、このジオラマを見ておくと、これから薬師曲輪の展望台から見下ろす景色がぐっと理解しやすくなる。

二の丸跡は白壁の塀で区画された広場になっており、新井白石の像が立つ。この地で青年期を過ごした儒学者に、久留里の人々が寄せる敬意が伝わってくる。

もうひとつ、資料館の屋外展示として見逃せないのが「上総掘り用具」である。
上総掘りは明治時代中頃にこの君津地方で考案された井戸掘りの技術で、櫓を組んで深い井戸を掘る。案内板によれば、この方式は現在でも東南アジアやアフリカの諸国で使用されているという。隣には、明治時代中頃に久留里の市場(現在の商店街)に埋設されていた水道木管の実物も展示されている。城の遺構とはまた別の、地域の産業史に触れられる展示だ。

そして二の丸から一段下がった位置にあるのが、薬師曲輪である。

ベンチが並ぶ展望スペースになっていて、眼下に三の丸跡を望むことができる。
親切なことに「眼下に望む三の丸跡位置図」という写真パネルが設置されていて、大手門跡・外堀跡・内堀跡・三の丸御殿跡、さらに久留里神社や里見北条古戦場跡まで、どこに何があるかが示されている。三の丸跡まで下りなくても、この一枚で位置関係が把握できる。
標高128mから、標高43mの三の丸跡を見下ろす。久留里城が要害の地に築かれていたことが、この高低差で実感できる。
二の丸から天守へ

二の丸から本丸までは150m。ここから先は舗装路ではなく、砂利敷きの遊歩道に変わる。

二の丸からは、いちど緩やかな下りになっている。

そして木の柵に沿って、緩やかな上りへとかわる。

途中、道の左手に現れるのが「男井戸・女井戸(おいど・めいど)」である。

案内板によれば、この二つの溜め井戸は奈良時代の僧・良弁によって掘られたと伝えられ、「金剛水」「胎蔵水」と呼ばれたという。戦国期、里見義堯がこの場所に城を築くと、敵対する北条氏がいく度か来襲したが、この井戸によって籠城に耐えることができた。
さらに江戸時代、藩主・黒田直亨の頃からは、藩士の結婚式の際に新郎・新婦がこの水を飲んで夫婦の誓いをかわしたと言われている。
水源に乏しい山城にとって井戸がどれほど重要だったか、そしてその井戸が時代を経て婚礼の儀式にまで結びついていく流れが面白い。なお深さは約1.8mあり、危険なので中に入らないよう注意書きが出ている。

井戸を過ぎてしばらく進むと、白壁の塀が見えてくる。

上りきる手前、道の左手に開けた平場が現れる。波多野曲輪だ。ベンチが置かれた静かな空間で、山側には房総の山並みが見える。本丸を守る腰曲輪のひとつである。
久留里城天守と天守台跡

石段を上りきると、白壁の塀の上に天守が現れる。

2重3階、高さ15m。白の漆喰壁と下見板風の外壁で、石垣は安山岩を高さ2mに積んでいる。ふもとから見上げる姿はなかなか立派だ。

天守内部は展望台としての機能が主だったので、「中に入って眺望を楽しむ」ことは現在できない。だが、外観は十分に見られるし、写真も撮れる。ここで引き返してしまうのはもったいない。

天守のすぐ奥に、この城でいちばん見ておくべきものがある。本丸・天守台跡だ。

芝に覆われた土の高まりに、竹の柵が巡らされている。江戸時代の天守は、この場所に建っていた。昭和54年に発掘調査が行われ、その成果を伝える案内板が設置されている。
模擬天守がすぐ隣に建っているぶん、この天守台跡の存在感は見過ごされやすい。だが、昭和に建てられた模擬天守と、江戸時代の天守が実際に建っていた基壇が、数メートルの距離で並んでいる——この対比こそが、久留里城の本丸でいちばん面白いところだと思う。天守に入れない今だからこそ、ここをじっくり見てほしい。
下りの寄り道:天神曲輪と城山探鳥路

帰りは同じ道を下る。

途中、道から少し外れた位置にあるのが天神曲輪である。

天神曲輪の奥には、林間遊歩道の入口がある。この道は城山を巻いて駐車場方面へ下りるルートで、駐車場のマップにも記載されていた。
ただし未舗装の山道で、入口には「シカ・イノシシ出没します」の注意書きが出ている。

もうひとつ、二の丸の手前には城山探鳥路の分岐がある。
ここはV字型の分岐点になっていて、旧道と合流したあと、薬師曲輪の展望台方面へと再び分かれる。つまりこの分岐は、探鳥路の入口であると同時に、薬師曲輪への入口も兼ねている。

分岐には「三の丸跡眺望案内板」が立っていて、資料館・トイレ・上総掘りやぐらの位置と、どこから三の丸跡が望めるかが図示されている。

案内板の右手からは、二の丸の薬師曲輪にアクセスすることができる。

V字型の分岐点の反対側にも展望スポットがある。

展望スポットへは、フェンス沿いにまっすぐ進む。

するとベンチが置かれた開けた場所がある。

木立に囲まれたベンチからは、ふもとの田畑と山並みを見渡すことができる。

そして探鳥路沿いにあるのが久留里曲輪だ。

石碑が数基並ぶ静かな平場で、「曲輪・郭(くるわ)」の解説板が設置されている。林道を歩くだけでは気づかない場所なので、時間に余裕があるなら寄っておきたい。
まとめ:久留里城跡の所要時間

最後に、所要時間の目安を区間ごとに整理しておく。
| 区間 | 距離 | 目安 |
|---|---|---|
| 駐車場 → 林道城山線の起点 | — | 約2分 |
| 林道起点 → 二の丸(資料館) | 460m | 約10分 |
| 二の丸 → 本丸(天守) | 150m | 約3分 |
| 【滞在】久留里城址資料館 | — | 約14分 |
駐車場から真っ直ぐ天守だけ見て帰る最短コースなら、30分ちょっとで見学可能だ。

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